「最後は家で迎えたい」
義父の言葉から始まった、私と終末期医療。
そしてディグニティライフへ
ディグニティライフ株式会社
取締役事業統括部長 和田 登
私がディグニティライフのホスピス事業に参加した理由をお話しするには、
少し昔の話から始めなければなりません。
私は大学卒業後、リクルートに入社し、約23年間勤務しました。
営業や企画、「週刊住宅情報(現SUUMO)」の編集長、住宅情報事業部長などを経験し、
最後の2年間は保健同人社という会社の代表を務めました。
そこで初めて、医療という世界に深く関わるようになりました。
『家庭の医学』などの医療・健康分野の情報提供や、健康相談、メンタルヘルス相談。
仕事を通じて、医療情報や医療に関する支援が、人の人生にとってどれほど大切なものなのかを知りました。
公式HPにもこの経歴が掲載されています。
義父から言われた「家に帰りたい」
ちょうどその会社を退任する頃、私の人生を大きく変える出来事がありました。
義理の父が、膵臓がんになったのです。
発見された時には、余命3か月と診断されました。
義父は入院していましたが、面会に行くたびに私たちに言いました。
「家に帰りたい」
「最後は家で迎えたい」
一方、義母と二人暮らしでしたから、義母は「家では看られない」と言いました。
今なら、いろいろな選択肢を考えられます。
訪問診療があります。
訪問看護があります。
ケアマネジャーやヘルパーなど、在宅での生活を支える仕組みがあります。
でも、その頃の私は、それを知りませんでした。
医療に関わる会社の経営を経験していたにもかかわらず、
自分の家族が人生の最期を迎える時に、何をしてあげられるのかを知らなかった。
義父の「家に帰りたい」という願いを、かなえてあげることができませんでした。
「在宅医療を、自分でやってみよう」
この経験は、私の中にずっと残りました。
その後、在宅医療の世界に入ります。
練馬区ではケアマネジャーの方から「医師が足りなくて困っている。ぜひやってほしい」と言われ、診療所を借り、医師、看護師、事務職を集め、訪問診療クリニックをゼロから立ち上げました。
その後、訪問看護ステーション、ケアマネジャー事業所も立ち上げました。
気がつけば、訪問診療、訪問看護、介護の現場に約15年間関わることになりました。
古賀との出会い
その頃に出会ったのが、古賀弘司です。
訪問診療には、24時間対応しなければならない大きな負担があります。
夜間でも土日でも、患者さんから連絡が入れば医師は対応しなければなりません。
そこで利用したのが、古賀が運営していた看護師によるコールセンターでした。
夜間や休日の電話を転送すると、看護師が患者さんの状態を聞き、医師への連絡が必要なのかどうかを判断してくれる。
その仕事を通じて古賀との付き合いが始まりました。
古賀が東京へ来るたびに食事をしながら、
「これからの医療はどうなるだろう」
「高齢者をどう支えていけばいいだろう」
そんな話をするようになりました。
「最後に一緒にホスピスをやろう」
そして約3年前、古賀から声をかけられました。
「最後に一緒にホスピスをやろう」
私は、それまで訪問診療の患者さんをホスピスへ紹介した経験もあります。
ホスピスへ入居された後も、訪問診療を続けた経験もあります。
だから、ホスピスというものには以前から関心がありました。
そこから古賀と一緒に勉強を始めました。
東京のホスピスを何カ所も見学し、福岡にも足を運び、多くの施設を見ました。
私たちがつくりたいのは「ミニ病院」ではない
いろいろなホスピスを見学しました。
もちろん、それぞれに良いところがあります。
一方で、鉄筋の3階建て、4階建てで、まるで小さな病院のように感じる施設もありました。
「自分が人生の最後を迎えるなら、どんな場所がいいだろう」
そう考えました。
その中で、木造2階建ての、木の温もりを感じられる施設に出会いました。
その時、
「こういう場所で最後の時間を過ごしたい」
と思ったのです。
だから私たちの施設も、木造2階建てを基本にしました。
スタッフも入居者もほっとできる。
みんなが集まって話のできる場所がある。
そして、ご家族も一緒に泊まることができる。
医療を受けるためだけの場所ではなく、最後まで「暮らす場所」でありたい。
それが、私たちの考えです。
「もっとこうしてあげればよかった」を減らしたい
私は、ディグニティライフで働く看護師や介護士の皆さんにも伝えたいことがあります。
これまで看取りを経験した方の中には、
「もっと話を聞いてあげればよかった」
「もっとこうしてあげればよかった」
「違う言葉をかければよかった」
そんな思いを抱えている方もいると思います。
看取りは、入居者やご家族だけのものではありません。
ケアをする職員の心にも残ります。
だからこそ、過去の経験や後悔も含めて、みんなで持ち寄りたい。
そして、
「次はこうしてみよう」
と、より良いケアにつなげていきたい。
マニュアルだけではつくれない、一人ひとりに寄り添った看取りを、みんなでつくっていきたいと思っています。
私が一番好きな言葉は「ありがとう」です
訪問診療をしていた頃、患者さんから、
「先生、来てくれてありがとう」
「また来てね。ありがとう」
と言っていただくことがありました。
その言葉が、どれだけ嬉しかったか。
私は、日本語の中で**「ありがとう」という言葉が一番好きです。**
ディグニティライフも、「ありがとう」がたくさん生まれる場所にしたい。
入居者からスタッフへ。
ご家族からスタッフへ。
スタッフから入居者へ。
そして、スタッフ同士でも。
「ありがとう」が自然に交わされる施設をつくりたいと思っています。
完成された施設に入ってもらうのではなく、一緒につくりたい
ディグニティライフは、まだ始まったばかりです。
だから私は、最初からすべてが完成された施設をつくろうとは思っていません。
現場で働く看護師や介護士から、
「こうした方が入居者さんは喜ぶのではないか」
「このやり方を変えた方がいいのではないか」
という意見が出たら、どんどん聞きたい。
小さなアイデアでも、良いものなら実際のケアに取り入れていきたい。
経営者と現場が遠く離れた組織ではなく、スタッフの声が経営に届く会社にしたいと思っています。
そして目指すのは、
福岡で一番、しっかりとした看取りができる施設です。
義父が私に言った、
「家に帰りたい。最後は家で迎えたい」
という言葉。
あの時、私はその願いをかなえてあげることができませんでした。
だから今度は、人生の最終章を迎える方々の、
「こう過ごしたい」
という思いに、できる限り応えたい。
一人ひとりの尊厳を大切にし、
その方が一日でも長く幸せな時間を過ごせる場所をつくる。
それが、私がディグニティライフに参画した理由です。
公式HPに記載されている
「個人の尊厳を最大限に尊重し、一日でも長く幸せな時を過ごせる場を提供して行きたい」
という参画理由とも、その原点は一本につながっています。
ディグニティライフ株式会社
取締役事業統括部長 和田 登
